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岡山地方裁判所津山支部 昭和34年(モ)180号 判決

申請人 山崎義明

被申請人 山形治郎 外五名

主文

右当事者間の昭和三四年(ヨ)第五二号取締役及び監査役職務執行停止並に代行者選任仮処分命令申請事件について、当裁判所が昭和三四年一〇月一日なしたる仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は被控訴人等の負担とする。

事実

申請人訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求めその申請理由として陳述した事実の要旨は

津山タクシー株式会社(以下会社という)は現在授権資本金四〇〇万円、一株の金額五〇〇円、払込済株式数六〇〇〇株の会社であつて、昭和二八年二月一一日設立されたものであるところ、申請人は右会社の株主であつて、昭和三二年九月五日、右会社の取締役兼代表取締役に選任せられ、会社には他に取締役として水島敏行、清水弘義、難波寿、井上三男、監査役として永札達造、松山咲夫がそれぞれ就任しており、取締役の任期は二年、監査役の任期は一年の定めである。代表取締役たる申請人は、昭和三四年九月九日頃、取締役改選のため、臨時株主総会を同年九月二七日午後一時、津山市戸川町旅館梅園において開催する旨各株主に招集通知を発した。右総会招集については、取締役会の決議を経ていなかつたのであるが、このことを一部株主から注意を受け、申請人はその違法に気がつき、このまま予定どおり右総会を招集するときは、後日右総会における決議の無効又は取消等の問題が起ることを虞れ、同月一四日頃各株主に対し、右総会招集を都合により中止する旨の通知を発し、右総会招集を予定していた九月二七日の午後三時には、前記梅園において会社取締役会を招集することとし、同月二〇日頃その旨各取締役に通知した。

しかるに被申請人等は、一部株主を勧誘して、九月二七日前記梅園に集合し、申請人がなした前記総合招集の中止は無効であるとして、申請人の制止を聞かず、会社の株主総会と称して会議を開き、被申請人野山を会社の監査役に、その余の被申請人等を会社の取締役にそれぞれ選任する旨の決議をなし、なお、新株式発行による払込期日、割当方法などを報告し、同月二八日岡山地方法務局津山支局に右決議による取締役、監査役の各選任を登記した。しかれども、被申請人等が会社の取締役、監査役に選任せられたとする九月二七日の右総会なるものは、正規の招集手続による会社の株主総会ではないから、被申請人等は会社の取締役、監査役の地位を取得する謂はなく、右総会なるものにおいて、被申請人等を会社の取締役監査役に選任する旨の決議をしたとしても、これは会社の株主総会による決議ではないから、右選任決議は無効である。

被申請人等は右決議の後、直ちに取締役会なるものを開き、被申請人山形治郎を代表取締役に選任し、新株式発行の払込期日を同年一〇月三日午前一一時と決定し、各株主に新株式割当の通知を発し、なお前記のとおり会社取締役、監査役就任の登記をした。かくの如く被申請人等僣称役員が、会社の意思決定をなし、業務執行にあたることは、株主及び第三者に対し、不側の損害を与える虞なしとしない。

申請人は会社に対し、被申請人等の取締役、監査役選任決議の無効確認を求める本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その判決の確定を俟つては、被申請人等僣称役員の不法な業務執行によつて多大の損害を受ける虞がある。よつて被申請人等の会社取締役監査役の職務執行停止並にその代行者選任の仮処分決定を求める。というのである。

そして疎明として疎甲第一、二号証、第三号証ないし第六号証の各一、二、第七号証を提出し、在廷証人水島敏行の証言を援用し、疎乙第二、三号証の各成立を認め、爾余の疎乙号各証の成立は不知と答えた。

被申請人等訴訟代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定はこれを取消す。申請人の本件仮処分命令申請はこれを却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、異議申立の理由として陳述した事実の要旨は

昭和三四年九月二七日午後一時前記梅園に招集せられた会社の臨時株主総会は適法なもので、その総会において被申請人等を会社の取締役、監査役に選任した決議は有効であるから申請人主張の被保全権利は存在しない。すなわち右総会は、同年九月四日附招集通知書を以て、当時の会社代表取締役たる申請人から、取締役会の決議(申請人、水島、井上が出席し難波には電話連絡承諾を得ている)を経て招集せられた適法なものである。仮りに右総会招集が取締役会の決議を経ていないとしても、代表取締役が招集した正規の総会であるから、その決議は無効ではなく、取消事由ともならない。代表取締役たる申請人が、同年九月一二日附を以て発した右総会招集中止の通知が、各株主に到達したことは認めるが、代表取締役が一たん総会招集の通知を発し、これが各株主に到達した後は、総株主の同意又は株主総会の決議(商法二四三条の類推適用)によらない限り、取締役会の決議(本件においては取締役会の中止決議はなく、申請人と水島の二人が協議して中止とした)を以てするも、これが中止はできないと解すべきであつて右総会招集中止の通知は無効である。右総会は、商法二三九条の定足数を充たして開催されており、会社全役員の任期が満了し、これが改選の決議を必要とするため招集されたものである。

申請人が右総会招集を中止するに至つたのは、何等正当の事由によるものではなく、却つて申請人等がその所有株式全部を岡山交通株式会社関係者に譲渡して会社乗取り策に加担し譲受人が株式名義の書換をなす便宜のための不当な事由によるものである。又商法二七〇条の規定に基く仮処分は、被申請人等の職務執行により会社に対し急迫かつ著しい損害を及ぼす虞がある場合に限り許されるものであつて、単に取締役、監査役選任決議の効力について争があるだけでは足りないが、被申請人等に右虞はないからこの点から見ても本件仮処分申請はその要件を充たしていない。仮りに本件取締役の職務執行停止が相当であるとしても、業務執行権のない代表取締役以外の取締役についてその代行者を選任することは許されない。

抗弁として、右異議事由が理由のない場合は、金銭保証を条件として、本件仮処分決定の取消を求める。というのである。

そして疎明として、疎乙第一号証の一ないし三、第二、三号証を提出し、在廷の被申請人井上三男、安東良助、山形治郎の各供述を援用し、疎甲第七号証は不知と答え、爾余の疎甲号各証の成立を認めた。

理由

会社代表取締役たる申請人が、申請人主張のとおり会社の臨時株主総会招集の通知を発したが、申請人主張の頃都合により、右総会招集を中止する旨の通知を発し、各通知が会社各株主に到達した事実は当事者間に争がない。被申請人等は代表取締役が総会招集の通知を発し、これが各株主に到達した後は、全株主の同意又は株主総会の決議によらない限り、これを中止し得ないと主張するところ、本件会社のような株主数が極めて僅少の場合は、全株主の同意を得ることも不可能ではないが株主数の多い一般の会社においては、それが不可能事であることは自明の理であり、又総会招集を中止するために株主総会の決議を要するとすることは無意味であつて商法が総会招集の中止について、被申請人等主張のような要件を要求していることは解せられない。しからば一たん招集通知を発して、これが各株主に到達した後は、その期日前においても総会招集を中止し得ぬかというに、そのように解せねばならない法律上の規定も理論上の根拠もない。これを実際上の必要からいえば、稀に起り得ることであろうが、招集期日の変更(この場合前期日は招集の中止である)とか、中止を認める必要があることは首肯し得ることである。招集通知を受けた株主は、具体的権利、利益を取得するわけではなく、株主総会に付議すべき事項は、いずれは付議されるのであるから、株主が総会に出席して意見を述べ議決する権利に消長を来たすわけではない。したがつて代表取締役が一たん招集通知を発し、これが各株主に到達した後においても招集権者は、その期日前、都合によつてこれを中止することは許されると解する。すなわちこの場合は、当初から招集通知がなかつたと同一視すべきである。しかして招集中止にあたり、正当事由の存否を問題にすることは、その存否をめぐつて紛争の因となるから、いやしくも招集の権限ある者から、招集中止の通知があれば足ると解すべきである。もし代表取締役が正当の事由がないにかかわらず恣意によつて総会招集を中止した場合は、その責任を追及される場合があろうが、そのことと招集中止の効力とは区別して考うべきである。そうすると代表取締役から招集中止があつた本件においては、総会招集の前提たる取締役会の決議の有無、招集中止に正当事由の存否を判断するまでもなく、前記九月二七日午後一時の臨時株主総会は招集中止となつていると認むべきである。したがつて右期日に、被申請人等及び他の一部株主が集合して、被申請人等を会社の取締役、監査役に選任する決議をしたとしても、これは有効な決議ということはできない。

被申請人等は、急迫かつ著しい損害を受ける虞がある場合に限り商法二七〇条による仮処分が許されると主張するが、同条によれば本案訴訟が係属している場合は、被申請人等主張の事由を仮処分の要件としていないのであつて、ただ本案訴訟係属前は、急迫なる事情の存在を要件としている。本件仮処分命令申請の際、本案訴訟は提起されておらないが、被申請人等によつて一〇月三日を払込期日とする新株式の割当が行われ、この払込金をいかに使用すべきかの問題があるし、適法に招集されていない総会が選任した被申請人等が、会社の取締役、監査役として業務執行をするのを停止する必要自体が、急迫なる事情に当たるともいえるのであつて、被申請人等の右主張は理由がない。

更に被申請人等は、代表取締役以外の取締役代行者を選任することは許されないと主張する。一般に代表取締役について代行者の選任が行われる事例が多いのは事実であるが、そのことは、他の取締役の代行者選任を許さぬという法律的制約があるためではない。常務の遂行においても、意思決定機関たる取締役会を構成する取締役代行者を選任しておく方が寧ろ適切だといえるのである。被申請人等は抗弁として、金銭保証を条件とする本件仮処分決定の取消を求めるが、本件仮処分は事案の内容性質が、終局的に金銭的補償によつて満足し得られる特別事情があるものとは認め得ないから、この抗弁も採用し得ない。

以上の次第であるから、本件仮処分命令申請事件につき、当裁判所がなしたる主文第一項掲記の仮処分決定は、これを認可するを相当と認め、訴訟費用は民訴法八九条によつて被申請人等の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田力太郎)

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